落揚葉

タワゴト言う。

モーリス・ブランショ『書物の不在』


書物の不在 (叢書・エクリチュールの冒険)書物の不在 (叢書・エクリチュールの冒険)
(2007/09)
モーリス・ブランショ

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装丁が素晴らしい。本年のグッド・デザイン賞を与えたい。
内容の方は、
精神営為の始源性を確信している人でなければ首肯し得ぬでしょう。
視点は面白い。語り口も面白い。
しかし、自然主義的世界観に支配されている「私」にとって、この言説は無意味。



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米澤穂信『インシテミル』(2007、日)


インシテミル インシテミル
米澤 穂信 (2007/08)
文藝春秋

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謎めいた求人広告、謎めいた管理機構、莫大な報酬と凶器、クローズド・サークルに、ミッシングリンク。――ミステリのガジェットがふんだんに盛り込まれてさぁ、殺人ゲームの始まりです…。

ミステリーに淫してみましょう。THE INCITE MILL


インモラル"故の"ヒューマニズムというのか、他の米澤作品と比較しても幾分、道義に満ちた展開となっております(笑)
青春小説でないというほど青春小説でなくもないですが、ミステリーの定型に則って逃げない、真正面から構成された「謎」の刺激というのは実に美味で、良し。


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ボトルネック


ボトルネック ボトルネック
米澤 穂信 (2006/08/30)
新潮社

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何を、どのように推理するのか。そこに工夫があるミステリー。
題材の面白さが読みどころですね。

米澤作品の中でもとりわけ苦みばしっていて、切ない。

「想像力よ!」



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米澤穂信『遠まわりする雛』(2007、日)


遠まわりする雛 遠まわりする雛
米澤 穂信 (2007/10)
角川書店

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古典部シリーズ第4弾。
時系列としては高校一学年目の入学直後から学年末――すなわち第一作「氷菓」(一学期)第二〜三作『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』(二学期文化祭)の同時期を経由して春休みまで――が描かれる。シリーズのサイドストーリーとしての趣も持った連作短編集です。

米澤穂信といえば(今のところ)青春ミステリの旗手ですが、ただ高校生の学園生活とミステリ的出来事を描くというよりは、思春期の自意識にまつわるビルドゥングスロマンとしての傾向を強く持ちます。つまり、思春期独特の自意識を軸としたアイデンティティの探求…というか、より直裁的に、自己の在り方の模索が行われる。(その点についてキャラ相互の濃淡は強い。既に自己の確立した人間もいれば、自己の存立に関心の薄い人間もいる。関心は非常に強いが表向きそのように見せない主義の持主もいる。現実的に見れば当然のバリエーションだけど、ただ、あからさまに自己の基盤がグラグラ揺れて「俺は俺は」的な人間はいない、そこのバランス感覚が非常に良い。)
成長の意味・意義にもよるとは思いますが、自分自身に対して結論の出ていない(けれども自分というものの輪郭がはっきりと認識され始める)特殊な「高校生」という一時期には、過剰な自己意識があり、または希薄な自己認識があり、確固とした足場を得るまでの変遷――所謂"成長"――が主題になります。内省的ながらも不必要な自己憐憫を見せない古典部シリーズのキャラクター(ひいては米澤作品のキャラクター)は、数種の懐かしさを伴いつつ、とても心地の良い面々で、端整な筆致と相俟って、行末のとても気になる物語です。

とはいえ、古典部シリーズは足掛け6年続いてきたけれども、前作『クドリャフカの順番』までに描かれたのはあくまで高校一年二学期の文化祭まで。成長/変化の予兆がありつつも、当然、実質的な変化が現れるまでの期間は経過しておりませんでした。
その点、今作では一学年目も終了した春休みへと物語が進んだ結果、ついに一定の"変化"が現れ始めています。ちょっとした意識の違い、違いの自覚、が見えてきます。

――ドキドキ――

また、一年間を通年で描いている分、"変化"とその前フリのちょっとしたカタログにもなっているかと思います。

――ドキドキ――

…遠まわりする雛。ついにこの作品において、ホータローやふくちゃんたちの「方向性」が見えてきました…

――ドキドキ――

古典部の将来を更に期待させる作品です。
…古典部シリーズや小市民シリーズについては、どうしてもキャラ読みしてしまうよね。その心地良さたるやもう…


ところで、この『遠まわりする雛』に収録されている短編「心あたりのある者は」は、推理作家協会賞短篇部門候補作であります。惜しくも受賞は逃したようですが、いや、これは必見というか、呆気に取られますよ?



 教室の黒板上に据えられた校内放送のスピーカーが、ががっとノイズを発した。俺と千反田の視線が、同時にそちらに向く。
 前置きなしに、放送が入った。
『十月三十一日、駅前の巧文堂で買い物をした心あたりのある者は、至急、職員室柴崎のところまで来なさい』
 いささか早口にそれだけを言って、後はもうなんの未練も残さず、放送はぷつりと切れてしまう。(p132)




放課後に突然流された校内放送。早口にそれだけを告げて切られた放送…ちょっとだけ不自然なこの放送は、どういう意味で(どういう経緯で)行なわれたのだろう?
それを、上に引用した放送"ただそれのみ"から推理して、言い当てます。
勿論、本文中に張られた他の伏線(リード)も併せなければ成立しない物語ではありますが、推理自体はこの放送"だけ"を手掛りに堂々と展開されます。
…何か、唖然とする。
タ、タッタコレダケノジョウホウ・・・
サレド・・・スベテヲホウガンスルジョウホウ
推理することそのもののサスペンス、ですね。



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チェスタトン『アポロンの眼』(英)


端正な秩序の中に、秩序故の幻想がある。
そして秩序――幻想の端々から滲み溢れ湧き出る、タップリの情感。
…面白すぎて、読み終わることのあまりの勿体なさに時折手を措いたほど。
一篇一篇に深く満足★
そして、美しい構造に眩暈すら覚える。



バベルの図書館 1 (1) バベルの図書館 1 (1)
(1994/03)
国書刊行会
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――ボルヘスの手によるチェスタトン傑作選。



本シリーズには、チェスタトンの代表作と私が感じているもの、美しいチェスの遊戯を白い街道や白い軽機兵、そして白い馬で武装する作品が含まれている。私が言っているのは『三人の黙示録の騎士』のことだ。『奇妙な足跡』では新手の変装の方法が工夫されている。『イズレイル・ガウの名誉』では、スコットランドの物寂しい城が、一見解決不可能な謎の本質的部分となっている。『アポロンの眼』においては、古代の神の崇拝が、ある犯罪の実行に手を貸している。『イルシュ博士の決闘』という表題は――あまりはっきりと言いたくないが――<論点先取の虚偽>の一例だ。スティーヴンソンやドストエフスキーの有名な本に啓示を与えた二重人格という古来のテーマは、ここにおいて、じつに多様な形で独創的に練り直されており、それは読者にも予想がつくとは思われないほどなのだが、それをけっこう読者は、疑い深くもつぎつぎと発見して進んで行き、賛嘆の念を新たにするのである。(序文p12-13)



以上、巻頭のボルヘス序文より引用。
ボルヘスの序文はそれ自体、常に何らかの発見を促すものだけど、例えば上の引用部分などは、一種の"読み方の提示(先取)"でありつつ、全くネタバレになってないという、…神業?
そして次に、チェスタトン作品の堂々たるミステリ的魅力を示すために、「イズレイル・ガウの名誉」より引用。スコットランドの城で起きた不可解な事件に対して、調査官氏が困惑を表明する場面。



「――さて、以上のことすべてが予想した以上にどんな奇異なものであるか、どうか気をつけていただきたい。中心をなす謎については、わたしたちも覚悟ができています。当家の最後の伯爵はどこか異常であるということが一目でわかったからです。わたしたちがここに来たのも、伯爵が本当にここで生きていたのか、本当にここで死んだのか、伯爵の埋葬をした赤毛のやせっぽちがそもそも伯爵の死と関係があるのか、そういったことを探り出すためなのです。しかし、最悪の場合というか、一番気味悪い大げさな解決をお好きなままに考えてごらんなさい。つまり、あの召使が本当に主人を殺したのだとか、主人は実は死んでいないのだとか、主人は召使に変装しているのだとか、召使のほうが主人の代りに埋葬されているのだとか、いったふうにね。とにかく自分のお好きなウィルキー・コリンズ風の悲劇の筋をこしらえてみてごらんなさい。それでも燭台の蝋燭というのはやはり説明がつきません。また、良家の初老の紳士がどうしてピアノの上に嗅ぎ煙草をまき散らすくせをもっていたのかも。物語の中核は想像可能です。しかし、その周縁が謎につつまれているというわけです。どんなに空想をたくましくしすぎたところで、嗅ぎ煙草とダイヤモンドと蝋燭とばらばらの時計の部品を結びつけることなど、人間の心にはおよそ不可能なことじゃありませんか」
「その結びつきのことならわかるような気がします」と神父。――(「イズレイル・ガウの名誉」p103-104)




続くブラウン神父の返答が極めて洒脱なのです。
…こ、これがあの高名なブラウン神父か…すげぇ。
チェスタトンの風呂敷の広げっぷりにも感心。問題提起の段階でこれだけのことを言ってしまえば、真相に対する読者の期待は否が応にも高まる。この風呂敷をしっかりと纏め上げるプロットの精緻/精密さは際立っている。単なる"謎解き"で処理することはないし、単なる"意外性"で終わらせることもない。真相に至るまでの過程には独自の趣向が凝らされ(展開性が豊か)、真相に至る段階では人間性の深遠なる様に焦点が当たる(物語性が豊か)。


…とりあえず、素人らしく叫ぼう。
ブラウン神父スゲー!
チェスタトンスゲー!




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ローラン・トポール『幻の下宿人』(1964、仏)


幻の下宿人 (河出文庫 ト 7-1) 幻の下宿人 (河出文庫 ト 7-1)
R.トポール (2007/09/04)
河出書房新社

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ピレネー街に空いているアパートがあると聞かされたトレルコフスキーは、すぐにそのアパートへと駆けつけた。管理人の女によると、以前部屋に住んでいた女性が窓から身投げしたのだという。下宿を探していたトレルコフスキーはこれを幸いのこととして引越しをする。…十月の中ごろ、彼は友人の勧めで、引越し祝い代わりのささやかなダンスパーティを開いた。すると、友人たちの上げた騒音を聞きつけて、階下の住人が文句を言いにきた…。

神経質に怒る住人と神経質に怯える住人。現代人の"神経質さ"を皮肉る作品かと思いきや、それどころではないサスペンスの傑作に慄く。



単なる「アパートの引越し」も、その実質は「未知の隣人関係への新規参入」。そこに何があるのかは実際に住んでみなければ判らない。これが自分の既成の価値の尺度に収まっていることもあればそうでないこともあり、――自身の常識・条理を破壊することもある。揺らぎ。揺れ、自分と周囲の地盤の妖しさ、境界の不明瞭、感覚の不確かさを克明に知る。「得体の知れない世界に迷い込んでしまった」というある種の"寄る辺なさ"。境界が侵犯されいつしか自分自身の"得体の知れなさ"。――必然――、混然とした世界――しかしあくまで日常の世界――は何処までも混迷する。

…まぁ、やはり普通の人が当事者ならば普通に(あるいは単に異常を異常として)終わる物語なのだけど、トレルコフスキー(主人公)は性根に奇妙なところがある人物。礼儀正しく見えるが、行動の端々(中心でなく周縁)が突飛で、思考回路も…何処かおかしい。過去の住人に関する些細な好奇心に導かれてフラフラと出歩き(フラフラと変な出会いを得る)。隣人に怒鳴り込まれた彼がまずやったことと言えば「尋常でなく神経質に全く無音で生活する(よう心掛ける)」こと。パッと見おかしくないのだけれどやはり何かがズレてる。彼の思考はズレている。彼の行動はズレている。すると、当然ながら彼を主人公とするこの物語も(彼に由来する)ズレを生ずる。まず彼の周囲の人間関係がズレる。そして彼を取り巻く事態がズレる。事態がズレるとやはり彼自身も更にズレていく。更にズレた彼を起点として事態/世界のズレは止め処もないものになる。最早何が起こるのかまるで知れない。

何が起こるのか?
何が起こってるのか?
何故起こってるのか?
何処へ落ち着くのか?
まるで知れない。フト気づくと世界は。



"人間"を基礎とした"現実"の曖昧さみたいなものを筋にも主義にも主張にも織り交ぜて、本当に、とんでもないサスペンスの傑作。
畏怖すべき妄想のチカラ。



以下雑記。
「隣人の恐怖」が展開の原動力となっている点でローズマリーとの相違を観念するが、ローズマリーよりは遥かに手筋が粗く、一方でローズマリーより遥かに複雑なプロット(困難なプロット)を駆使している。話がどこに転がっていくのか、最後の最後までまるっきり予測できなかった。読後に残る印象は非常に整然としていて、且つ異様に雑然としているという、容易には把握しがたい性質のもの。その由来はひとえに物語の"着地点"にあるのだが、このことについて充分に説明することは難しい。着地する瞬間に最も跳躍するという…すんごいね。解釈的には2パターン-3パターンくらいで遊べる仕掛け。心憎ー!
『ローズマリーの赤ちゃん』に感動した人は、別の角度からの異質な挑戦ということで『幻の下宿人』にも是非目を向けて頂きたい。(とか言ってみるテスト。)



訳文の粗さが見方によっては欠点か。見方によっては美点でもありここは趣味の差が現れるところ。好みがどうあれ訳者あとがきの良質さには目を見張るものがある。
ところで、『幻の下宿人』はロマン・ポランスキーによって映画化されているとのこと。(「下宿人」。日本未公開で、「テナント~恐怖を借りた男」という題のVHSのみリリース。) ポランスキーと言えば『ローズマリーの赤ちゃん』を監督した人でもあるので、ローズマリーを観念することはそれほど見当違いではない? 文庫版解説によれば、この映画にも必見の価値ありとのことなので、気になる…。VHSなんてもう見れねぇよぅ。

テナント〜恐怖を借りた男 テナント〜恐怖を借りた男
ロマン・ポランスキー、ローラン・トポール 他 (1986/10/21)
パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン

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話逸れるけど、やっぱフランスのサスペンスって凄いなぁ…。繊細巧緻で、そのくせ構造的に異形。



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気になリスト2



これから出版される書籍のうち、とりわけ気になるものについてツラツラと書いてみるentry。





バルガス・リョサ『楽園への道』河出書房新社
際立ってスマートな装丁と現代小説(20世紀後半)から広範にチョイスした粋なセレクトが早いうちから評判になった、河出の世界文学全集。差し当たって欲しい(即買う即買う)のは、バルガス・リョサの初訳作品です。初訳?初訳?気になるー。初訳?他にもクセのある作家さんばかりがラインナップに並んでいて実際「差し当たって」というか「手当たり次第」欲しいというのが本音なのですが。しかし、フエンテス『老いぼれグリンゴ』(既訳)…?『老いぼれグリンゴ』はフエンテスの中ではあまり気にしたことなかったのだけど、わざわざ選んだということはそれなりに興味深い作品だったのだろうか? ほーん。ところで関係ないけど、フエンテス『埋められた鏡』復刊しないかな…。読みたいけど、今の古書市場価格では手が出せない。ふぉーん。ナボコフ『賜物』(新訳)が大注目らしい。装丁が素晴らしいので「手当たり次第」欲しくなるけど、冷静に見ると別に全集じゃなくても容易に入手できる作品が少なくないので、やはり注目は初訳・新訳作品に向けられるのです。……レムの絶版本とか入れてくれりゃいいのに。ブッツァーティ『七人の使者』とかまさに御誂え向きじゃなかったかよぅ。チクショー。





米澤穂信『秋期限定マロングラッセ事件』東京創元社
このシリーズが完結するまでは死ねん。
『春期限定いちごタルト事件』は小佐内さん萌えの一冊だった。 『夏期限定トロピカルパフェ事件』は小鳩くん萌えの一冊だった。 ……なら『秋期限定』は誰萌えというのだ?!って別に萌え漫画じゃないが!!
米澤先生の作品の成分の大部分は「青春」ですが(今のところ)、その青春の成分の大部分は「自意識」の問題に係ってるように思います。未発達の精神の、極めて自覚的な(又は過剰に無自覚的な)自意識の様相。それが事件の一端、末端を占めているのです。
とりわけこの期間限定シリーズは、「自意識」が顕著に"トリガー"を引く…笑える。キャラクター各人の自制心が華麗(特徴的?個性的?ユーモラス?)なので読み心地も異様に良く、んで、読み心地が良いと言っても、自制心が華麗と言っても、――言っても、自意識の係る領域ですから。単なる美しさ穢れなさでは済まさない覚悟みたいなものがプロットにこもってますよね。込められているというよりは籠もってるって感じで。そこから読み心地とはまた別の読み味のキレが生まれてくる。チンケで青春ナァナァな小説を読むのとは違う、刺激と快感が見つけられる。というところで絶大な信頼と期待を寄せている『秋期限定マロングラッセ事件』。リリースもそう遠くないという噂?





とりあえず今回は二つ、ツラツラしてみましたentry, yeah!!
ika, omake.
インシテミル インシテミル
米澤 穂信 (2007/08)
文藝春秋

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若い小説家に宛てた手紙 若い小説家に宛てた手紙
マリオ バルガス=リョサ (2000/07)
新潮社

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ボトルネック ボトルネック
米澤 穂信 (2006/08/30)
新潮社

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フリアとシナリオライター (文学の冒険シリーズ) フリアとシナリオライター (文学の冒険シリーズ)
マリオ バルガス=リョサ (2004/05)
国書刊行会

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フレッド・カサック『日曜日は埋葬しない』(1958、仏)


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フレッド・カサックの小説は、
人と人の間の、澱んでしまった、
時に触れる。



 樹の葉が、窓の高さまで届いている。樹に一羽の小鳥が鳴いている。プレベールの詩が、絶えず脳裏に去来する。

     小鳥の肖像の書き方
   扉のひらいた
   鳥籠をまず描き
   ……小鳥が籠の中へ入るのを待つ
   そして、小鳥が入った時
   画筆で扉を静かに閉める
   次に
   格子を一本ずつみんな消す……

 ほんとうに、小鳥は、鳥籠の中へ入ったのだ。こんどは、格子を消すことを考えていただきたい。
 デスクの上で、電話が鳴り出す。…(本文冒頭)




「これだけです」と、私はいった。「面白かったでしょうか?」
「とても」と彼女は、力を込めていった。彼女は、私の前でぐずぐずしていた。幸福が稲妻のように、私の身を貫いた。彼女もまた、すぐに私から離れたくはなかったのだ!……それから私は見た、彼女がポケットから財布を半分ほど取り出すのを。少女は、ただ単に、私にチップを出すべきかどうか、考えていたにすぎないのだ。
 我々は、白人たちよりも、有利な点をひとつ持っている。それは、顔の赤くなるのが見えないことだ。私は、首を振った。
「サービス込みです……」
 彼女は、悲しそうな表情をした。
「ごめんなさい……まちがえて……」
「ぼくは、あなたと同じ学生です。お金は必要ですが、それほどまでは!」
「何を勉強していらっしゃるの?」
「歴史です、あなたは?」
「とくに専門はございません。試験に通ったばかりですもの……」
 閉館のベルが鳴り響いた。
「そこにいらっしゃい」と、私はいった。「動かないで!……」(p25-26)




詩情に満ちた文体と、静けさを湛える空気で独特の色合いを発しています。来る破滅の予感を抱えながら読む回想の物語は、切ない。



9月のある朝、黒人作家フィリップ・バランスはパリ警視庁に呼ばれ、取調べを受けた――最近ブローニュの森で、死後8ヶ月経った他殺体が発見された。被害者はフィリップと親しく付合っていた出版代理人で、8ヶ月前から行方不明になっていたのだ……。(背表紙あらすじ)



……心理サスペンス/暗黒小説といった趣の強い作品ですが、『殺人交叉点』(1957、仏)の前例通り、"強烈"な推理小説です。これほどの衝撃は他に皆無。一切の無駄がなく、狡さもない。かといって、パズルのためのパズルでもなく。人の仕様のない物悲しさを垣間見せる――至高の傑作と思います。




日曜日は埋葬しない (1961年) 日曜日は埋葬しない (1961年)
Fred Kassak (1961)
早川書房

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殺人交叉点 (創元推理文庫) 殺人交叉点 (創元推理文庫)
フレッド カサック (2000/09)
東京創元社

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アリステア・マクリーン『ナヴァロンの要塞』(1957、英)


ナヴァロンの要塞 (ハヤカワ文庫 NV 131) ナヴァロンの要塞 (ハヤカワ文庫 NV 131)
アリステア・マクリーン (1977/02)
早川書房

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――――『ナヴァロンの要塞』について語ろう。
それは“勇敢”について語ることと等しい!!!



エーゲ海にそびえ立つ難攻不落のナチスの要塞、ナヴァロン! その巨砲のために連合軍が払った犠牲は測り知れない。進退きわまった司令部は、遂にマロリー大尉ら精鋭五人に特命を下した――ナヴァロンの要塞を爆破せよ! 頭脳と体力の限りを尽して不可能に挑む男達の姿を重厚な筆致で描いた、冒険小説の金字塔。(出版社紹介)



とうてい切り抜けることは不可能と思われるような困難が、次から次へと主人公たちを襲います。しかし、彼らとしては、荒唐無稽な新兵器をもっているわけでもなく、スーパーマンでもないので、すべて、自分たちの力で乗り越えていかなければならないわけです。その辺のところが、大人の鑑賞に充分に耐える作品となっている所以なのでしょう。(訳者解説)



"難攻不落"を打破するために集められた精鋭五人は、それぞれが特殊の技能を持ち、各々に誇りを、使命感を抱いています。但し、彼らはスーパーマンではなく、ただの、人間です。弱さを抱え、行末に不安を、事態に恐怖を覚えています。自分の出来る事の限界を知っています。それでも、ナヴァロンの難局を目の前にして、智恵を絞り、肉体を酷使します。彼らを支えているのは彼らが懸命に鍛えあげてきた"こころ"と"からだ"。

……私は、この小説の主人公たちの在り様に、途方もない憧憬を覚えてしまうので、どうしても英雄的な書き方をしてしまいますが、彼らの精神にヒロイックなところはありません。彼らはただ必死なだけです。そして何処か不真面目で愉快でもあります。緊迫した状況の中でちょっとした笑いを見つけてしまうユーモア…これは、極限状況にあって煌く"戦士"ならではのゆとりでしょうか。豊かな性格にこそ「戦士」の偉容を見つけてしまったり。
(そうそう、マクリーンは、英雄の英雄性を強調する記述によって英雄性を表現するのではなく、英雄の"振舞い"を端的に見せ付けることで、読者に英雄を"見つけさせる"。)

うぉぉ。格好良いんだよー。とにかく超格好良いんだよーー。

「冒険小説の金字塔」で、且つ、このレベルに達した者は他に現れていない(ディーン・R・クーンツ談)。

キャラクターの魅力を含め、冒険小説としての質の高さには見逃せないものがあります。
息つく間もなく襲いくる困難。ありとあらゆる種類の苦難。その勢いたるや怒涛。
読者と登場人物を惑わせる巧みな電撃的プロットに、卓越した人物造形→性格描写。充実してる〜。登場人物と一緒に緊迫してしまうし緊張してしまうし、乗り越えるとホッとするし、再び苦境に立たされるとまた緊張するし、それが連続していくと彼らとともにドッと疲れてしまう(笑)


知性と野性の相克、勇気と恐怖の鬩ぎ合い。
強さと弱さの同居、自制心と震え。決意と揺らぎ。揺らぎと決意。

人間味というのはそういうところに現れるのかなぁ。この小説の端々から、肉汁のように"人間味"が滴っている。
だからこそ「勇敢」の意味を知る。決意の気高さを感じる。
人の必死さ、懸命さが胸を打つ。


この小説を支配しているのは熱気。熱い男気、オトコの、熱気です。
「冒険小説の金字塔」。その看板に偽りはない。
――勇敢、
――そして、
――熱き漢(オトコ)の生き様が、
――、
――、
――ここにある…ッ!!



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エリック・マコーマック『隠し部屋を査察して』(1987、加)


隠し部屋を査察して (創元推理文庫) 隠し部屋を査察して (創元推理文庫)
エリック・マコーマック (2006/05/20)
東京創元社

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7月7日、日曜日の朝。カナダのある町に突然、幅100メートル、深さ30メートルの溝が出現、自足1600キロで西に向かいだした。触れるものすべてを消滅させながら……。世界じゅうを混乱に陥れる怪現象「刈り跡」、不可解な死の真相を迷宮に追う警部「窓辺のエックハート」、想像力の罪を犯し幽閉された人々をめぐる表題作など、奇想きらめく20の物語を収録。(背表紙あらすじ)



様々な奇譚ものに触れてきたけれど、ページを捲ることにこれほどドキドキしたのは初めて。
背表紙あらすじにある通り、表題作は逸脱した"想像力"に基づいて奇怪な行動に出た者を幽閉する場所――隠し部屋を、査察官が一つ一つ訪れていく話。隠し部屋は6つ…即ち罪人は6人。建物の管理人は計12人にいて、査察官は1人。寒々しく寂れた風景の中、読者は「異様」としか言い様のない想像力のカタログに目を通す。そして、この小説には("この小説の中には")隠し部屋がもう一つある。


「窓辺のエックハート」はある種のアンチ・ミステリであり、観念的な小説でもある。人の思考は"万華鏡"、人の目によって刻み込まれる"不可解"の紋様。

「断片」「趣味」「ルサウォートの瞑想」は端的で美しい。
「一本脚の男たち」「ともあれこの世の片隅で」「双子」には構成的/視覚的な妙味がある。

「刈り跡」は、何かもう、圧巻としか。
人も自然も悉く両断していく<刈り跡>。この現象を逐次的に描写していく。そこにある光景の何と壮大なことか、そして卑近なことか。引きと寄せの手並みが鮮やか。そして、<刈り跡>の位置づけが巧み。


どの作品も、歪で奇怪なイメージに満ちている。グロテスクと形容するに相応しい情景が散りばめられている。それなのに、不快な感情を喚起しない。人の奥底にあるもの、物事の奥底にあるもの、あるいはそれらの可能性/image。ココに向けられた目線の何処にも、"嘲笑う"というような悪質なものは無いから。
とても真摯。
…それ故に怖いのだけれども。

ページを捲ると、次には何が現れるのだろう…。
ひたひたと迫り来る、忍び寄る、、歪の予感。


無尽蔵の…"途切れ"ない想像力の"切れ"味…。





ダブル/ダブル ダブル/ダブル
マイケル リチャードソン、 他 (1994/09)
白水社

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ちなみに、マコーマック「双子」は、この『ダブル/ダブル』にも収録されていた。このアンソロジー集は、本当に、抜群。



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